いっくんはおままごとが大好きだ。
そして、隙あらばママのお手伝いをしようと狙っている。
昨晩の夕食は、お魚の塩焼きにいっくんによる大根おろし付きだった。
家族全員分を根気よくおろしたとママから報告があった。
大根おろしは力強く作ると荒くて苦くなると母がよく言っていたが、いっくんの大根おろしは、とても甘くてやさしい味だった。
そして、隙あらばママのお手伝いをしようと狙っている。
昨晩の夕食は、お魚の塩焼きにいっくんによる大根おろし付きだった。
家族全員分を根気よくおろしたとママから報告があった。
大根おろしは力強く作ると荒くて苦くなると母がよく言っていたが、いっくんの大根おろしは、とても甘くてやさしい味だった。
スポンサーサイト
半年くらい前までは、何とかひらがなが読めても、一つ一つの文字(音)と単語が結びつかないいっくんだった。
たとえば、青信号を見て、
「“あ”と“お”で“あお”」
と言うので、
「じゃあ、“あ”と“か”では?」
ときいても、
「“あ”“か”? わかんない」
という答えだったのだ。
最近はすっかり進歩して、
「“あお”の“あ”と、“あか”の“あ”は、おんなじ“あ”」
とか、
「“むらさき”の“む”と、“うすむらさき”の“む”は、おんなじ“む”」
などと言えるようになった。
今日、一緒に車に乗っていたときのことだ。
カーナビの「まもなく右方向に曲がります」という案内を聞いて、
「みぎにまがるの?どこで?」
と尋ねるいっくんに、ママが答えた。
「あの信号のところよ。」
「ちんにゅうきんちのとこ?」
見ると、大きな進入禁止の交通標識がある。
「そうよ、一方通行のところよ。」
「いっちゅうこう?」(上手に言えない言葉の一つだ)
「いっぽうつうこう」
「いっぷーちゅうこう??」
「いっぽうつうこう」
「いっちゅうこう? いっぷーちゅうこう? “ぷ”がはいっちゃったけど、いい?」
そしてその後も、小さな声で「いっぽうつうこう」を練習していた。
外国語を勉強していて経験するのだが、先生と同じように発音しているつもりでもどこか変なことがある。余計な音が入ったり、必要な音が足りなかったり、音が入れ替わったり。自分でどこが変なのかがきちんと認識できるということは、進歩するためにとても大切なのだ。
たったひとつの「ぷ」から、こんなことを考えてしまう私って、やっぱりお馬鹿なおばだなぁと再認識した。これは、認識できても直せないのだが。
たとえば、青信号を見て、
「“あ”と“お”で“あお”」
と言うので、
「じゃあ、“あ”と“か”では?」
ときいても、
「“あ”“か”? わかんない」
という答えだったのだ。
最近はすっかり進歩して、
「“あお”の“あ”と、“あか”の“あ”は、おんなじ“あ”」
とか、
「“むらさき”の“む”と、“うすむらさき”の“む”は、おんなじ“む”」
などと言えるようになった。
今日、一緒に車に乗っていたときのことだ。
カーナビの「まもなく右方向に曲がります」という案内を聞いて、
「みぎにまがるの?どこで?」
と尋ねるいっくんに、ママが答えた。
「あの信号のところよ。」
「ちんにゅうきんちのとこ?」
見ると、大きな進入禁止の交通標識がある。
「そうよ、一方通行のところよ。」
「いっちゅうこう?」(上手に言えない言葉の一つだ)
「いっぽうつうこう」
「いっぷーちゅうこう??」
「いっぽうつうこう」
「いっちゅうこう? いっぷーちゅうこう? “ぷ”がはいっちゃったけど、いい?」
そしてその後も、小さな声で「いっぽうつうこう」を練習していた。
外国語を勉強していて経験するのだが、先生と同じように発音しているつもりでもどこか変なことがある。余計な音が入ったり、必要な音が足りなかったり、音が入れ替わったり。自分でどこが変なのかがきちんと認識できるということは、進歩するためにとても大切なのだ。
たったひとつの「ぷ」から、こんなことを考えてしまう私って、やっぱりお馬鹿なおばだなぁと再認識した。これは、認識できても直せないのだが。